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「自炊」は現代のセルフケア!? 自炊料理家の山口祐加さん、『WIRED』日本版編集長の松島倫明さんと「アラターブル」の未来を語る

料理を楽しむ人のコミュニティを拡げるサービス「アラターブル」のβ版をリリースしました。個食化により料理へのモチベーションが低下する一方、家庭での料理機会が増加するなかで、「料理の楽しさを誰かと分かち合うこと」を多くの人に体験してもらうためのサービスです。この度、自炊料理家の山口祐加さん、『WIRED』日本版編集長の松島倫明さんをお招きし、β版を実際にさわってもらいながら「アラターブル」へのフィードバックをいただきました。その話題は、「料理は人となりを表す」という設計思想から、現代人にとっての「自炊」の意義、デジタルテクノロジーによる分散化がもたらす食の変化まで、話は拡がっていきます。(取材日 2020/2/28)

Alatable(アラターブル)とは?

料理を楽しむ人をつなぎ、料理を一緒に楽しむ・食べるきっかけをお手伝いする「クッキングマッチングサービス」。料理の写真を投稿し、ハッシュタグをつけたり、いいねやメッセージをしてユーザー同士で繋がることができる。「料理でつくる、新たなコミュニティ」という考え方をもとに、料理を起点としてひとびとをつなぎ、さらにはオンラインで、一緒に料理を楽しむ新しい体験の提案に向けて開発中。

https://ala-table.jp

  • 山口祐加(やまぐち ゆか)
    自炊料理家、食のライター。共働きで多忙な母より「ゆかちゃんが夜ご飯作らないと、今晩のごはんないの。作れる?」と優しい脅しを受けて、7歳の頃から料理に親しむ。出版社、食のPR会社を経て2018年4月よりフリーランスに。日常の食を楽しく、心地よくするために普段は一汁一菜を作り、ハレの日は小さくて強い店を開拓する。料理初心者に向けた対面レッスン「自炊レッスン」や、セミナー、出張社食、執筆業、動画配信などを通し、自炊する人を増やすために幅広く活躍中。好物は味噌汁。
  • 松島倫明
    テックカルチャー・メディア『WIRED』日本版編集長として「デジタル・ウェルビーイング」「ミラーワールド」「FUTURES LITERACY」などを特集。東京都出身、鎌倉在住。1996年にNHK出版に入社、翻訳書の版権取得・編集・プロモーションなどを行う。手がけたタイトルに『FREE』『SHARE』『ZERO to ONE』『〈インターネット〉の次に来るもの』『シンギュラリティは近い』『BORN TO RUN』など多数。2018年より現職。
  • 小島 誠
    (アラターブル開発担当者)
    味の素(株) 生活者解析・事業創造部
  • 境 賢太郎
    (アラターブル開発担当者)
    味の素(株) 生活者解析・事業創造部

料理は「人となり」を表す

小島誠(以下、小島):今日は「アラターブル」への感想をぜひお二人から伺えればと思うのですが、まず「アラターブル」を開発した背景を少し説明させてください。わたしたちは、料理をきっかけに人と人を結びつけ、その人たちのウェルビーイングに貢献することを目指しています。

開発の過程で生まれた仮説が、「料理は人となりを表す」ということ。その人が、どんな想いでその料理をつくることになったのか。どのように食材と出合い、誰と料理をしたか。どのような食器や盛り付けを選んだか。料理から、このような「人となり」が見えてくる。そこへの共感が生まれると、こだわりの料理を通して人から応援してもらえたり、初めての料理にチャレンジするきっかけをもらえたり……体験が拡がることを目指しているんです。

松島倫明(以下、松島):面白いですね。料理写真から、投稿者の人柄をどれだけ読み解けるかが重要ですね。自分自身が料理写真を投稿する際に、その文脈を相手に理解してもらうためにどんな工夫ができるか。単にキレイな写真が投稿されているだけでは、他のSNSと差別化が難しい気もします。

小島:そうですね。あくまでも料理を起点としたいので、人の写真よりもつくった料理写真を全面に打ち出すアーキテクチャを考えています。

松島:例えば、AI解析のような機能がついてくると発展性を感じますね。写真を投稿するだけでカロリー計算をしてくれたり、ハッシュタグを自動で生成してくれたり。

小島:そのようなデータが蓄積されると、その料理がつくられた文脈まで明らかにできそうですね。「アラターブル」から料理トレンドが見えてくると面白いと思うんです。例えば、いま日本の家庭ではどのような料理がつくられているかを明らかにし、地図の上に可視化したり。

松島:いまの時代は、スマートフォンのなかに新たにアプリをインストールしてもらうハードルがとても高い。スマホの第一画面を奪い合うのではなく、他のアプリを使っているときに蓄積されたデータが流用できると面白いかもしれない。今後どのようにサービスを発展させていく予定なんですか?

小島:いくつか構想があります。例えば、集まれなかったとしても、アプリを通して一緒に野菜を切るところから始めるようなオンライン上の共食を実現できればと考えています。そこで一緒につくるという「共在感覚」を生み出せたら面白いなと。
また、レンタルスペースを活用し、誰かと一緒に料理をつくったり、食べたりするサービスを展開したいと考えています。キッチン・アズ・ア・サービスのような形式でしょうか。

山口祐加(以下、山口):いいですね。家に呼んで一緒に料理をつくるのはハードルが高くても、たとえば駅直結のキッチンがあり、そこに友人と集合して一緒に料理ができたら楽しそうです。余った食材は共用の冷蔵庫に入れておいて、他のグループに譲ったり。東京の家のキッチンは一口コンロで、まな板すら置くスペースがない狭いものもある。料理をする気が起きないのはとても理解できるので、環境から変えていくアプローチは非常に納得です。

松島:家とは異なる気分で料理をつくれるのがいいですよね。そこではいい食器や食材が使えて、実験的な料理を楽しむプロトタイピングができたりすると、新たな価値が生まれるかもしれない。

インスタグラムとは
異なるコミュニティを目指して

山口:「アラターブル」にインスタグラムとは異なるコミュニティが生まれたら面白そうだなと感じています。わたし自身もインスタグラムを使っていますが、本当は使いたくないんです(笑)。なぜかというと、フォロワーを増やすために統一感のある写真を投稿しなければならない場になっていると思うからです。わたしはフォロワーを増やすことを諦めて、適当に運用しているんですけれど(笑)。

松島:アテンションを集めるための競争空間になっているわけですね。

山口:そうなんです。それにインスタグラムで「家庭料理」というハッシュタグで検索すると、テーブルにおかずが15品もズラッと並んでいるような写真が出てきて、こんなのを家庭料理と言われたら生きていけないと思ってしまう。それって、品数があるのが豊かだとされていた昔の価値観を引きずっているということですよね。土井善晴先生も言っていますが、わたしは自炊料理家として「一汁一菜」をはじめとした、最小限で満足できる食事の型を提唱しているんです。それを家庭料理として認めれば、続けやすいはずだと。

境賢太郎(以下、境):「アラターブル」は、インスタ映えする料理写真だけを集めたいわけではないんです。普段の料理にスポットライトをあて、大事にしたい。サービス開発にあたり、昨年から少人数でのユーザーテストを行なってきたのですが、気合いを入れた料理写真を投稿する人もいれば、家庭でつくった目玉焼きをそのまま上げる人もいました。わたしもパパッとつくった料理をあげたとき、「いいね」が来ないと思っていたんですが、それが共感を生んだこともありました。

山口:丁寧な暮らしをしたい日もあれば、今日はもう寝てしまいたいと思う日があるのが人間じゃないですか。このアプリには自炊ができる人は集まるかもしれないけれど、できない人をいかに置いてけぼりにしないかが重要な気がします。

松島:初期のユーザーが、そのサービスの文化を決めてしまいますからね。インスタグラムと違うコミュニティをつくれるかは、そこにかかっている気がします。

山口:そうですね。頑張る系なら「インスタでいいや」となってしまうかもしれない(笑)。

セルフケアとしての「自炊」

山口:わたしが主宰する料理教室に来てくれる方に話を聞くと、ある程度は自炊をしているものの周囲と比較して「自分は頑張れていない」と考えている方が多いんです。料理が苦手な人ほど、食材や品数、調味料が多いほうがいいと思っている。いまだに先ほど話した品数や食材の多さが豊かさの基準になってしまっているのです。でも、もっと肩の力をぬいていいし、自炊料理家はそんな人たちの肩こりをほぐす仕事だと思っています。

松島:だから一汁一菜なんですね。

山口:そうなんです。本屋に料理本は山ほど売っているけれど、その多くの巻頭3レシピは、唐揚げ、ハンバーグ、オムライスなんです。家庭料理の代表格が昭和の時代からアップデートされていないにも関わらず、それが豊かさだと思われている。それらの料理は好きな人が多くて美味しいですが、手間がかかり、技術も必要。忙しい人が毎日つくるにはちょっと難しい。

でも、外に目を向けてみればセブンイレブンで買える金のハンバーグは美味しいですし、それに目玉焼きのせたものの立派な自炊ですよね。「アラターブル」がそういう写真を投稿できるサービスだと嬉しいし、手抜きやズボラと言われない文化ができると良いですよね。こんな考えだから、わたしは料理のプロではなく、素人のなかのプロだと名乗っているんです。

「素人のプロ」として実現したいのは、料理をつくることで、自分が満足して幸せだと思う人がひとりでも増えること。SNSでの「いいね」などの他者評価に従って自信を外部化すると、自分がやせ細っていってしまうから。

松島:まさしくセルフケアですね。自炊からここまで社会問題が見えてくるのかと、驚きでした。

境:わたしたちは、このままだと「食の未来」が楽しくならない懸念があるんです。たとえば、趣味や仕事に没頭するために、完全栄養食だけを食べ続けるような世界は必ずしも豊かとはいえないかもしれません。「効率化」を志向する未来しか訪れないとすれば、わたしたちの存在意義もなくなってしまう。山口さんは、食の未来に対していま考えていることはありますか。

山口:ときどき疑問に思うんです。今の日本でに、「今はこれが食べたい!」とお腹が鳴っている人はどれくらいいるのかなって。楽しさよりも、栄養をとらなければいけないといった考えが優先されているじゃないですか。でも本当は「今日何を食べたいのか」その気持を大切にしてほしいんです。「食べなきゃ」という気持ちで栄養を摂取しても、心は健康になるんですか?と問いたいですね。

「育てる」から「食べる」まで
デジタルテクノロジーで取り戻せるもの

小島:松島さんは食の未来を考える上で、デジタルテクノロジーが果たす役割は何だと考えていますか?

松島:ぼくは、収穫や育てる部分にこそ食の楽しみがあると考えているんです。現代社会ではそこがゴッソリと抜け落ちており、テクノロジーによって取り戻すことができるのではないか。

例えば、ベルリン発のスタートアップで、垂直農業の設備をスーパーのなかに実装している例があります。そこでは最適な資源で効率よく野菜を育てられるし、フードマイレージもなく環境に良いですよね。その延長線上には、自宅で効率的に野菜を育てられたり、培養肉を育てたり、食材の調達や収穫から食べるところまでを一貫して自分の手で「つくれる」未来が見えてきて、それはすごく楽しいと思います。

産業革命以降、人間は消費に必要なあらゆる機能を都市に集約したわけですけれど、デジタルテクノロジーの本質的な特性は「分散化」にあり、食やエネルギーなどの生産を分散化して自分の家の中に取り戻していくプロセスは今後進んでいくと考えています。

小島:松島さんが自ら実践していることはあるんでしょうか?

松島:ぼくは鎌倉に住んでいるのですが、庭で野菜を育て、それを収穫して炒めて食べるだけでそこに食の文脈が生まれる。自分が何を食べているかを100パーセント把握できるのも嬉しいんですよね。

また、鎌倉には100年続く「レンバイ(鎌倉市農協連即売所)」という野菜の直売所や漁港があり、そこには旬の食材しか並んでいない。鎌倉に引っ越してからは「何をつくりたいか?」を決めてから買い物に行くのではなく、そこで売っているものから「何をつくれるんだろう?」と考えるようになりました。だって、漁港にいっても欲しい魚がないことなんて日常茶飯事ですから(笑)。でも、そこで調達できた食材で料理することが楽しいんです。

山口:全国どこのスーパーに行っても、売っている食材が同じで驚きますよね。自然の恵みによって左右されるのではなく、スーパーにいつでも同じ食材が並んでいるからこそ、レシピが機能するわけですしね。

松島:そう。制約のなかで工夫する面白さを、自然は与えてくれるんです。そのワクワクまでサービスに実装できたら良いですよね。例えば、駅に集合キッチンをつくるという話がありましたが、そこに地域で採れた食材のみ置いておくとか。「Farm to Table」ではなく「Farm to Kitchen」という発想です。「アラターブル」が、そんな世界を実現してくれると面白いなと思います。

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