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豊かな会話が、豊かな食卓をつくる

「みやじ豚」代表 宮治勇輔

味の素(株)が、2018年春に新設した生活者解析・事業創造部。ミッションは、“食の未来を楽しくする”こと。本連載“FUTURE FOOD TALK”では、食の未来についてさまざまな分野の方に聞いていくことで、わたしたちが向かうべき多様な未来を共に探してゆきます。

「かっこいい、感動がある、稼げる」農業の新3Kを唱えながら、少量で質の高いブランド「みやじ豚」を消費者に届けてきた宮治勇輔さん。そんな彼とともに、規模の成長を目指さない独自のブランドのつくり方や、わたしたちの選択の幅を拡張するテクノロジーの可能性について語った。

「美味しさ」が豊かなコミュニケーションの起点になる

宮治勇輔(以下、宮治):「食」がもつ豊かさを考える上で、「バーベキュー」はわたしにとって重要な食のあり方を示しています。みやじ豚では創業以来、お客様にみやじ豚の美味しさを知っていただくためにバーベキューイベントを続けています。食卓に求められているものは、ブランドものが並ぶことではない。「美味しさ」と「豊かな会話」なのだと、バーベキューをすることで常に実感できるからです。

バーベキューは、人間共通の喜びである「美味しさ」、豊かさを食卓に届けることができるという絶対的な自信と、その意思を表明するコミュニケーションの場と考えています。

同時に、お客様がもつコミュニティでの豊かなコミュニケーションを生む場でもあります。火起こしをしてちょっといいところを見せてみたり、ともにお肉を焼いて取り分けたり。みやじ豚バーベキューで出会った人同士で結婚した、仕事につながった方もいらっしゃいます。

生産者の顔が見えることで、「この豚知ってる?」「美味しいでしょ」「実は神奈川県藤沢市の宮治ってやつが育ててるんだけどさ」といった、食卓の会話が弾む起点になることもできます。

ひとは自分が体験したことしか他人に伝えることはできません。バーベキューを通して「みやじ豚を食べた」「美味しい」という体験をしたからこそ、他者に伝えられる。バーベキューはコミュニケーションの起点となる最高のツールなのです。

新3Kを目指すみやじ豚の理念

わたしは自身の仕事を通して、農業のあり方もアップデートしていきたいと考えています。農業はかつて、「きつい、きたない、かっこわるい」の3Kが揃った仕事だと揶揄されてきました。わたしはこれを「かっこいい、感動がある、稼げる」の3Kに変えていきたい。

わたしにとって農業の「かっこいい」の定義は、生産からお客様の口に届けるところまでを、農家が一貫してプロデュースすること。生産現場が一番大事であることは大前提として、流通、マーケティング、その先の事業の応用まで、すべてを一次産業として捉えることができたら、それは最高にかっこいいです。

わたしたちにとっての「感動」は、お客様の声を直接聞けることです。大学2年生のころ、バーベキューで友達に実家の豚を振る舞った際に、「こんなにうまい豚肉は食べたことない」と彼らが感動していたのを今でも覚えています。ひとは美味しいものでこんなにも心が動くのかと。そのとき、親父の仕事が誇らしいものだともはじめて気付きました。

同時に、「この豚肉はどこで買えるのか」という質問がわたしの頭を真っ白にしました。僕も、親父でさえも、作った豚肉がどこで売られているのか知らなかった。そうした気付きを与えてくれるフィードバックを「顔の見える消費者」から直接得られることが、感動のある農業なのではないかと思います。

また、人それぞれがもつ「稼げる」の基準を満たすことができたなら、これほど素晴らしいことはありません。

いまではこの新しい3Kの考え方も認知されてきましたし、わたしが農業をはじめてからの約10年で歩みを進めることができたと思います。しかし、まだ理想の社会に対して20%くらいの到達度であり、さらに100%になることはあってはいけないとも感じます。

農業界全体が新3Kを体現したときに100%となるのかもしれませんが、時代やひとによって「かっこいい」「感動がある」「稼げる」の基準も変わります。それぞれが考えて、自分なりの3K産業を描き続けること。それが何より重要なのです。

テクノロジーは、本当に「豊かな食」に貢献できるか?

岡本達也(以下、岡本):当社は、ジェネラルな「美味しい」をつくって、広くあまねく買っていただくモデルを続けてきた企業です。

宮治:うちと真逆ですよね。

岡本:おっしゃる通りです。しかし、新設された生活者解析・事業創造部のミッションは、お客様とつながる、顔が見えるといった「最大公約数的ではない仕事をやる」ことでした。

宮治:それはものすごくチャレンジングなことですよね。

岡本:そうですね。食を介した体験を楽しくするような、テクノロジーを活用したサービス開発も我々の取り組む領域ではないかと考えています。

宮治:テクノロジー。わたしの立場からすると、どちらかというと懐疑的でして…。

佐藤賢(以下、佐藤):というと?

宮治:いま、作物の写真から甘みや苦み、うまみなどをチャート化してくれたり、キャベツ畑のどこに害虫がいるかをドローンで測定して農薬を与えたりと、そうした技術は進んでいますよね。それは非常に面白いと感じています

しかし、農業(メーカー)の本分は、マーケティングや販売よりも、やはり生産性の向上なんです。テクノロジーによってそれが高まれば非常に素晴らしいのですが、我々のようなたかだか700~800頭くらいを飼育して、そもそも生産効率とは真逆の生産方法をとっている小規模ブランドは、1万頭飼育しているような事業者と比べて、生産にまつわるテクノロジーの恩恵を受けづらい。

わたしたちは、「規模」の成長を目指さない「知る人ぞ知る」企業であることも、ブランドのひとつのあり方だと考えています。そして、わたしたちが考える食卓の豊かさはその外にある「会話」だったりする。生産効率や見える化が実現したとしても、そうした部分にテクノロジーが貢献できるのか、少し疑問なんです。

テクノロジーの可能性は、「選択の幅」の拡張にある

佐藤:みやじ豚さんの仕入れだったり、一般消費者の食生活だったり、食の利便性はなかなか担保されていないのではと感じます。そのニーズに対してはテクノロジーが効果を発揮するかもしれない。利便性によって、みやじ豚のようなブランドが広く選ばれる社会は、宮治さんが求める未来像の範疇ですか?

宮治:もともとみやじ豚を知っているからこそ、利便性が高まったときに買う、という順番な気がしています。それが促されるのであれば素晴らしいですよね。

佐藤:テクノロジーがその次のフェーズまで進化し、より強固なレコメンデーション機能が実装されたときに、みやじ豚と顧客の新しい接点が生まれる可能性についてはどうお考えでしょうか?

宮治:たしかに、それで買ってくれる方も間違いなくいると思います。ですが、お客様との濃いコミュニケーションを起点にすることを長くやっているので、一回きりでリピーターにつながらないのではないか、そうした冷静な見方をしているかもしれません。

佐藤:確かにそうかもしれません。そこを突破する、今までだったら見つからなかった、自分の価値観に沿ったものにテクノロジーが寄り添っていく可能性は探っていきたいですね。

宮治:どこまで人がテクノロジーを信用するのかという話にもなりますが、人間とテクノロジーの関係性がどう変化していくかでも変わりますよね。「食」に関しては、いまは強固なレコメンデーションの機能を人間が果たしていると思うんです。そこから、ひととテクノロジーが本当の意味で寄り添う関係になるのであれば、もしかすると可能性はあるかもしれない。これから注目していきたいですね。

宮治 勇輔
株式会社みやじ豚 代表取締役社長。NPO法人農家のこせがれネットワーク 代表理事。家業イノベーションラボ実行委員。1978年神奈川県生まれ。慶應義塾大学総合政策学部卒業。2006年9月株式会社みやじ豚を設立し代表取締役に就任。生産は弟、自身はプロデュースを担当し、2年で神奈川県のトップブランドに押し上げる。みやじ豚は2008年農林水産大臣賞受賞。2009年に、都心で働く農家のこせがれの帰農支援を目的に、NPO法人農家のこせがれネットワークを設立。2010年、地域づくり総務大臣表彰個人表彰を受賞。2015年より丸2年間、農業の事業承継を研究する、農家のファミリービジネス研究会を主宰。2017年、全ての家業の後継者を対象とした家業イノベーションラボ実行委員に就任。2017年8月、生産者に最も近いBBQを企画運営する株式会社ファーマーズバーベキューを設立。DIAMOND・ハーバード・ビジネス・レビュー「未来を創るU-40経営者20名」。著書に『湘南の風に吹かれて豚を売る』
岡本 達也
味の素(株) 執行役員
佐藤 賢
味の素(株) 生活者解析・事業創造部 新事業グループ長
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