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テクノロジーは、
一部の人しかもち得なかった権利を民主化し、
「食」の領域をも変えていく

レイ・イナモト

味の素(株)が、2018年春に新設した生活者解析・事業創造部。ミッションは、“食の未来を楽しくする”こと。本連載“FUTURE FOOD TALK”では、食の未来についてさまざまな分野の方に聞いていくことで、わたしたちが向かうべき多様な未来を共に探してゆきます。

Uberがタクシー業界の専門性を解体したように、Instagramやスマートフォンの登場が「写真撮影」を民主化したように、食の領域でも民主化による新しい変化が起きている。そう語るのはニューヨークを拠点に世界で活躍するクリエイティブディレクター、レイ・イナモトさん。味の素(株)の岡本達也、佐藤賢を交えて、テクノロジーと食の未来について語り合う。

食におけるテクノロジーの役割

佐藤賢(以下、佐藤):デジタルテクノロジーが食の未来に対して果たす役割は非常に大きい。そこで、デジタルを活かしたクリエイティブのプロであり、人間の機微に対しても深い洞察をもつレイ・イナモトさんにアドバイザーになっていただけないかとオファーしました。

岡本達也(以下、岡本):「デジタルテクノロジーと食」について、どのように考えていますか?

レイ・イナモト(以下、レイ):まずテクノロジーが世の中に与える影響から考えたいと思ってます。仕事を0から10と定義したとき、1から9はテクノロジーで代替できますが、0から1と、9から10には人間の感性や情緒、不完全な“ぶれ”が必要だと考えています。

どれだけテクノロジーが発達しても、そこには価値があると思うのですが、食の領域で考えたときに「料理」には不完全な人間の“ゆらぎ”が介在しているように感じます。そのゆらぎこそが、クリエイティビティなんです。

岡本:家庭料理は、人間の不完全さを代表するものですよね。よく「家庭料理を毎日食べても飽きないのはなぜか」という話をします。それは、味がぶれているからなんです。そこに「愛情」や「記憶」「嬉しい」といった感情が重なり、さらなる「美味しい」が生まれる。テクロジーはその喜びを増幅させるツールとして使うべきだと思うんです。

佐藤:テクノロジーは効率性に貢献する、冷たいものと連想しがちですが、テクノロジーなしでは知り得なかった新しい食材・料理に出会うチャンスが生まれる可能性もあります。温かみのある「食」の世界の対極にテクノロジーが存在するわけではなく、それを増幅するために活用できそうですよね。テクノロジーにより生産性や効率性が高まり、そこで生まれた余剰の時間を創造的に使うことで、個人が豊かになると思われていたけれど、いまそういう世界になっているかは疑問です。

「美味しさ」という感情は芸術に近い

岡本:先ほどレイさんがおっしゃたように、「食」はクリエイティブなものだと常に思わされます。掃除や洗濯は、汚れたものを元に戻す、つまりマイナスの状態からゼロに戻す行為ですが、料理はゼロからプラスをつくる仕事。そういうものって多くないじゃないですか。

レイ:そうですね。生きるだけであれば、栄養素があれば事足りわけです。でも、「美味しい」という感情は余剰であり、豊かさを生むものであり、芸術にも近いと考えています。

わたしが起業した際のインスピレーションの一つが、スペインの「エル・ブジ」というレストランなんです。そこは味だけではなく、食感、視覚、匂い、音、五感のすべてを使って食を楽しむ場所で、食の世界に新しい風を吹きこんだ伝説的なレストランです。「料理をすること」と「ものを作ること」、まったく異なる業界であっても、そこには人間の感性を刺激する行為という共通点があります。巡り巡ってこの仕事に行き着いたことに、運命的なものを感じているんです(笑)。

「食」は言葉を介さずに幸福感を伝えるツールになる

レイ:「食」を考えたときにユニークなのは、言葉を使わずに感性を伝えることができる点。「味」は目に見えないけれど幸福感を与えてくれる。AJINOMOTOはその原点でもある「うま味」という概念を発明しましたよね。それがいまでは「UMAMI」として全世界に浸透しています。そうした原点をもつ企業が新しい時代に「味」で幸福感をつくりだそうと試みるのは意義深いですし、すごくユニークだと思います。

岡本:ありがとうございます。1909年に池田菊苗博士がうま味を発見し、それを創業者である鈴木三郎助がうま味調味料として世に送り出して以降、多くの人が喜ぶ商品をつくり続けてきた会社だと思ってます。ただ食の嗜好や考え方が変化するなかで、これまでのような最大公約数的に美味しさを届けるモデルには限界があるようにも感じるのです。だからこそ、個々の好みにローカライズした味を提供することにもチャレンジしたいと思っています。

レイ:個々の幸せは記憶に依るところが大きいですよね。さきほど「家庭の味はなぜ美味しいか」という話がありましたが、誰しもに好きな食べ物があり、時間や場所、体験と味が結びついて鮮明な記憶として残っている。例えば、海外留学時に食べた現地の食事、おじいちゃんやおばあちゃんが買ってくれたおまんじゅう、部活終わりに食べたカレーなど、言葉にできないものをそれぞれ鮮明に覚えているはずです。

言葉を使わなくても、その感性が記憶に強いつながりをもち、時間軸を越えたコミュニケーションを起こす。それは物事を見たり聞いたりすることで発生するコミュニケーションとは異なる次元のものです。つくるものに「思い」を込めている点で、コミュニケーションの仕事をしている自分とも共通している部分だなと感じます。

「食」は人と人をつなぎ、国境を越えていく

岡本:わたしたちはこれまで、ものすごく手間のかかる料理の味を、ひとつの袋で簡単に素早く実現できる商品を開発してきました。経済成長やテクノロジーの発展ですべてのスピードが増し、食の簡便化と個食化が進む社会に適合してきた会社です。

その一方で、ひとりでご飯を食べたい時もある。わたしは大好きな牡蠣フライ屋があるのですが、そこに行くときは直球勝負がしたいので(笑)、ひとりで食べに行きます。ただ、やむを得なくひとりで食べるご飯より、2人、3人で食べたほうが何倍も美味しいはず。人と人をつなぐことでの食の幸せを追求したいですね。

佐藤:「食」は人と人をつなぎますが、それは国境も越えると考えています。味の素という会社は、徹底的にローカルの食文化に最適化してきた会社なんです。まず最初に地元の方の家に伺い、その地域独自の食文化を大事にして、展開地域を少しずつ広げてきました。

国ごとに異なる食文化を、他の地域の人々がもっと自由に味わえるようになれば、今まで出合えなかった食事や食材を自分の好みに沿って見つけられる。そういった多様性に貢献していきたいんですよね。

テクノロジーが民主化する「食」のあり方

佐藤:食の未来には完全栄養食や完全自動調理、自家製にこだわったオーセンティックなものと幅があると思います。それらの自由な選択肢がある世界であってほしいとよく考えるんです。

岡本:自由が生活者の手に委ねられているのが、いい食の未来ですよね。そして、ひとが「美味しさ」によって豊かさを得る選択肢を提供していきたいと考えています。

レイ:選択肢をもてることは重要だと思います。テクノロジーの発達によって、一部の人しかもち得なかった権利が民主化されていきましたよね。Uberはタクシー業界の専門性を解体しましたし、Instagramやスマートフォンは「写真撮影」を民主化しました。食べる行為そのものは何千年も変わっていませんが、その世界にも民主化が起こるかもしれない。

「エル・ブジ」のような限られた人しか味わえなかった食体験が、広く可能になるかもしれない。そうした民主化が起きた時に、どこの国の料理かわからないけれど美味しい料理が発明されて新しい食文化が生まれる。それは5年後かもしれないし、50年後かもしれないですが、このプロジェクトが未来に向けて種を蒔く存在だったと、50年後に思えたらいいなと思っています。

レイ・イナモト
Creativity誌「世界の最も影響のある50人」、Forbes誌「世界広告業界最もクリエイティブな25人 」の1人に選ばれる一方、ニューヨークを拠点に世界を舞台に活躍しているクリエイティブ・ディレクター。2007年に行われたインタラクティブ・クリエイティブ・ランキングで、世界のトップ5に選ばれる(トップ25内では唯一の日本人)。2010年、日本人として初めてカンヌ国際広告祭チタニウム・インテグレーテッド部門の審査員、2018年に同祭デジタル部門の審査委員長に抜擢される。 2012年には「Advertising Hall of Achievement」(アメリカ広告業界40歳以下で業績をあげた人に与えられる栄誉)を受賞。2015年秋独立を発表した後、2016年にInamoto & Co(現在 I&CO)を立ち上げる。2019年7月には、東京にもオフィスを設立する。現在ニューヨーク在住。
岡本 達也
味の素(株) 執行役員
佐藤 賢
味の素(株) 生活者解析・事業創造部 新事業グループ長
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