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AIが解決する「10万食問題」。
人間を豊かにする鍵は「料理」にある。

石川善樹

味の素(株)が、2018年春に新設した生活者解析・事業創造部。ミッションは、“食の未来を楽しくする”こと。本連載“FUTURE FOOD TALK”では、食の未来についてさまざまな分野の方に聞いていくことで、わたしたちが向かうべき多様な未来を共に探してゆきます。

人間が100年生きるとすれば、一生で約10万食の食事を摂るという。どうすればその10万食を豊かにできるだろうか? 予防医学者の石川善樹は、個人の食のスタイルを可視化し拡張する「Food Galaxy」の開発を通じて、食による人類のウェルビーイング向上に挑んでいる。

レシピを考案するAI「Food Galaxy」とは?

石川善樹(以下、石川):世界各地のレシピをマッピングし、ひとつの地図にまとめることで、食の現在地を可視化するプロジェクト「Food Galaxy」に取り組んでいます。

世の中に存在するレシピは平均すると10程度の食材から成り立っており、地球上に存在するすべての食材の組み合わせの1パーセントにも満たないんです。料理は99パーセントの組み合わせが試されていない。つまり、ほとんどイノベーションが起きていない領域です。逆に言えば、組み合わせのパターンでイノベーションを起こせるはず。そんな考えからFood Galaxyの開発を行なっています。

きっかけとなったのは、カリフォルニアロールとの出合いです。「これは何料理にあたるのか?」と不思議でしたし、「カリフォルニアロールの何パーセントが和食なのか」という疑問が湧いてきたんです。同時に、日本からは生まれないであろうこの新しい発想はどこから来るのか、と。そこで世界各地の料理のレシピを集めるなかで、その組み合わせの可能性に気づいていきました。

「Food Galaxy」の方法論は、「フレーバー・ペアリング・セオリー」から始まりました。これは共通する風味化合物(香り成分)が多ければ、ひとつのレシピに入りやすい、という理論です。

発見した西洋の研究者は、(細かいことはさておき)料理は香りでほとんどが決まると言っています。例えば、オレンジジュースとリンゴジュースを鼻をつまんで飲むと、味の違いが分かりません。スターバックスは、このフレーバーペアリングをベースにして、様々なレシピを考案しています。

2010年代はじめに、このセオリーは東アジアの料理には適応できないという研究が発表されました。驚くことに風味化合物が共通してないものの組み合わせのほうが多く、西洋の研究者たちは「東アジアの人間はフレーバーをあまり重視してない」という事実に首をかしげたんです。

そこで、ぼくたちが目を向けたのはUMAMIでした。UMAMIは料理のブースターのようなもので、より強く味覚を感じさせる役割をもつのですが、西洋は料理のなかで1つのUMAMI成分を含む一方で、昆布と鰹節、野菜とお肉のように、東アジアの料理はそれぞれ異なるUMAMIを組み合わせて相乗効果を生んでいることがわかったんです。

香りは乾燥によって豊かになるのですが、乾燥した気候の西洋は香りを重要視する。一方で東アジアは湿気が強いため、香りよりもUMAMIのほうが舌に利くのではないかという仮説に至ります。わたしたちはこれを「UMAMI ペアリングセオリー」と名付けました。

さらに大胆な仮説ではあるのですが、世界の料理は西洋の風味重視、東アジアのUMAMI重視、さらにインドを代表するスパイス重視の3パターンに分類できるということが見えてきました。

美味しいと感じてもらう料理をつくるには、国や地域にとってアプローチ方法が全く異なります。その理論さえ分かれば、カスタマイズすることは難しくないのかもしれません。

この発想を活かし、わたしたちは「スタイルトランスファー」という機能を開発しました。すき焼きをドイツ風に、はたまたフレンチ風にと、ある料理のスタイルを自由に変換できるアルゴリズムです。

また「Food Galaxy」には、わたしたちが「食の世界におけるGPS」と呼んでいる機能があります。過去2週間分ほどの自分の食生活を入力すると、自分の好みや食のスタイルを判別してくれるんです。

どこか新しい場所へ向かうためには、まず現在地が分からなければならない。このGPSで食の世界での現在地を知ることで、さらに遠い地へと赴くことができるようになります。

ジャンクフードに頼りすぎている1980年代以降の日本人の食生活から、最もヘルシーだと言われていた1970年代の和食に、望めば少しずつ戻すことができるかもしれません。その道筋を探れるのが、スタイルトランスファーだと考えています。

人間が一生で食べる「10万食」、どう豊かにする?

なぜ「Food Galaxy」の研究を進めるのか? その理由は、わたしが「10万食問題」と呼ぶ課題にあります。

1日3食を食べ、100歳まで生きると仮定すると、人が一生で食べる食事はおおよそ10万食なんです。しかしながら、世の中に存在する食材を数えると、とても10万食では収まりきらない。その可能性の中で、何を食べ豊かになるかは、もはや人間に任せている場合ではないのかもしれない。AIが豊かな10万食を教えてくれる。そんな世界があったら、とても面白くないですか?

この豊かな食の道筋を探すにあたって、大きく2つのアプローチをとっています。1つはプロのシェフの発想にどれだけAIを近づけるか。もう1つは、人間が今までつくってきた食材の組み合わせの歴史をいったん忘れ、AIがいかに食を独自進化させるかです。

この試みにより、わたしは「2100年のミシュラン料理」がどうなってるのかの予測を行ないました。人口推移を考慮にいれれば的を得ているのですが、2100年のミシュラン料理にはアフリカと中国の食材が多く使われるという結果に。それをプロのシェフの方につくってもらい食べたんです。すると、不味かったんです(笑)。しかし、アフリカに長期滞在したことがあった方は「すごく美味しい」と評し、懐かしさと新しさを感じたと言っていました。

人がより良く生きるカギを握るのは「料理」

佐藤賢(以下、佐藤):非常に興味深い話をありがとうございます。石川さんは「人がより良く生きるとはどういうことか?(=ウェルビーイング)」について研究していると思うのですが、食とウェルビーイングという視点から注目していることはありますか?

石川:人間の豊かさをつくるのは、実は「料理」にあると考えています。人間の時間の使い方をネガティブな活動、ニュートラルな活動、ポジティブな活動の3つに分けたとき、数十年間にわたるテクノロジーの進歩で減った(仕事や家事などの)ネガティブな活動の代わりに、人間は(学びや趣味などの)有意義でポジティブな活動ではなく、テレビやスマホを見てぼーっとするニュートラルな活動に時間を費やしているという研究結果があるんです。世の中が便利になっても、人間は退屈しているわけです。この退屈を埋めるために最も良い時間の使い方は料理ではないか、と考えています。

佐藤:ニュートラルな時間をどうポジティブに変えるかは、真剣に考えないといけないですよね。わたしは最も大切なのは時間だと考えているのですが、その時間を食が豊かにするためには、時間を捻出するためにはやく料理をつくれる必要があるのか、それとも、食をゆっくり楽しむことで生まれるコミュニケーションを捻出してより価値の高い時間にしてあげるのか。そこは非常に難しいと感じます。

石川:食の未来と、時間の使い方は切り離すことができませんよね。ある研究では、過去数十年間のアメリカ人の摂取カロリーの推移を見ると、朝食・昼食・夕食の摂取カロリーは全く変わってないという驚くべき調査結果を示していました。増えているのは(特に1980年代以降)間食で、その結果として肥満化が進んだと。

料理キットの進化やファストフード、女性の社会進出、人の孤独化......これらの要因により料理をする時間や、他人と食事をする時間が減ったと言われています。世界各国の料理時間と肥満の関係を見ると、料理する時間が長い国ほど肥満率は低いんです。

人間を豊かにしていくのは料理だと思っていますし、それが食にとどまらないその人のスタイルをつくることに貢献すると思うんです。どんな衣食住のスタイルをもっているかが重要になるからこそ、味の素は今後、時間を使うに値する「スタイルの素」をつくってほしいですね。

佐藤:「スタイルの素」ですか!

石川:ヒントはたくさんあると思います。僕が懸念してる問題の一つが「人類総ビジネスホテル化」です(笑)。これから人類の80パーセントは都市という小さな箱の中で積み上がって暮らすと言われています。小さな箱の中で生活し移動するなかで、その体験をいかに豊かなものにできるのかは一番考えなければいけない問題で、食の果たす役割は本当に大きいと思います。

佐藤:企業の例でそういったものはあるのでしょうか?

石川:とある海外企業の健康サポートで最も人気なのが、ハーバード大学と一緒に行っている料理にまつわるプログラム。トップシェフが料理の仕方を教え、栄養学を学び、ゼロから料理ができるようになる。コースの最後にはつくった料理で次のコースの参加者をもてなすというものです。

佐藤:それは人気が出るでしょうね。ものすごく興味があります。

石川:アメリカの病院でも、今キッチンがすごく増えています。例えば糖尿病の人に栄養の指導をするよりも、病院で買い物と料理の仕方を教えるほうが効果があり、爆発的に広がっています。スタンフォード大学の医学部では、調理が必修授業になるのだとか。

佐藤:「食」の定義を、いわゆる食から捉えていてはもう狭いんでしょうね。人生のスタイルそのものを生みだしていくために食を使う。場合によっては食じゃないものを提供することが、私たちのこれからの役割なのかもしれません。

石川 善樹
予防医学研究者、博士(医学)。1981年、広島県生まれ。東京大学医学部健康科学科卒業、ハーバード大学公衆衛生大学院修了後、自治医科大学で博士(医学)取得。(株)Campus for H共同創業者。「人がよりよく生きる(Well-being)とは何か」をテーマとして、企業や大学と学際的研究を行う。専門分野は、予防医学、行動科学、計算創造学など。
佐藤 賢
味の素(株) 生活者解析・事業創造部 新事業グループ長
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